think | ねずみのおつまみ

真夏の夜に何想う

ネットで調べもの中に、偶然、知人の今を知る。

知人と言ってももう10年以上は会ってないだろうか。
以前勤めていた会社の繋がりで会社ぐるみで何度か遊んだくらいで、会社辞めてからは会ってないかなー。

彼女の誕生日パーティで、当時購入したばかりのお洒落なデザイナーズマンションにみんなで行ったのが最後だったような気がする。
ワタシより10歳以上若かったと思うけど、早くに結婚し子供も生まれ
Macを使いこなしバリバリイラストの仕事をしていた。

そんな彼女が、携帯電話も持たず、菜食の人となり
東京より遥か遠い南の地方に家族で移住していたのだ。
ちょっぴり衝撃。

旦那さんもデザイナーで、今も二人とも仕事は変らずしているようだけど
てっきり、住まいもグレードアップしてお洒落なインテリアに囲まれ、ラグジュアリーなシティーライフを楽しんでいるものだと。
(勝手な想像だけど)

そこには、家族と共に、日焼けして微笑む彼女の姿があった。
間違いなく幸せそうだ。

こういうのを知った時、ってそうそうあるものじゃないけど
単にライフスタイルを代えただけなのに『成長』と感じてしまい
(本人がそれが成長だと思えば成長でいいのだけど)
そして、もれなく『自分は全然成長していない』と思ってしまう。

別にライフスタイル云々=成長だという断定的なものではなく
何か自分的に『成長したな』と思えるものが無いというか。
いや、成長…?成長したと感じなくても今の自分に自信が持てれば、
堂々と「幸せです」と言えれば良いのだ。
確かに病気もしたけど復活し、命がある事に感謝してるし
幸せか、不幸かと問われれば幸せなのだとは思う。
でもそれは『特に不満が無い』というだけの事なのだろう。

今の自分に何のビジョンも見えてない。

ワタシニ ホントウノ シアワセハ ヤッテクルノカ…?



考えても仕方ない、わからない。
とりあえず、逃避的に目の前の仕事、がんばるよ。。。。

てな独り言でした。

久しぶりw
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    増えると減る

    今日で震災から二年ですが『11日』というのは父の月命日でもあるので、カレンダーの印を見ると「おぉ」って思います。
    この「おぉ」には深い意味はなく「そうだっけな、重なってるんだよな」くらいなもんなのですが(^_^;)
    ちなみに母の誕生日の日にちとも重なるので、やっぱりその月は「おぉ」って思いますw

    こうして月命日を経て、命日を迎えて、迎えて、、、、
    一日、一年と月日は流れ、命日の数も確実に増えてゆくのだけど
    それって、また会える日までの日にちは確実に減ってるって事なんだよね。
    また会える日に向かって生きてるわけだ。

    まださ、まだ会いたくはないけどさwとーちゃんよ、その日まで大好きなテニスして、お酒飲んで気長に待っててよね。ぷぷぷ

    明日は霊園主催の合同法要に行って来ます
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      一日雨

      雨だー。

      低気圧だー。

      台風が来てるー。

      頭は重いし、古傷はしぶる、きしむ。。。きゅ〜〜〜〜。

      やらなきゃいけない事(進めなきゃいけない仕事)はいくらでもあるのに。




      メランコリックなのに

      吹っ切れる曲。

      開き直れる曲。


      ワタシモ ソツギョウ シタイ。

      ナニカラ?

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        わかちこ、わかちこ〜!

        腰パン…嫌いです

        会見の態度…かっこいいとは思いません

        出場見合せ?…そんな大ごとですか?

        応援会中止?…は〜?応援しないの?


        彼を擁護するつもりはないですが、そんなに大問題ですかね。

        試合での精一杯のパフォーマンス。

        いいじゃないか、それで。


        ちっちゃいこと〜は気にすんな♪それっ♪


        ハイ、あくまで個人的な見解ですので悪しからず。
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          信じる事は大事だけれど…

          ここんとこ人の相談にのっていた。

          大した(むしろまるで)人徳もないが、こんなねずみにも相談をしてくるのだからよっぽど切羽つまってたか?(笑)というよりいろんな人にも相談していたので、その中の一人というだけなのだが。

          自分なりに真剣に考えて、自分なりのアドバイスはしたつもりだし、本人も納得して聞いてくれてはいたけど、それによって起こりうる『想定』に違いがあった。

          結果、ねずみの思う『読み』は見事に外れた…。
          相談者の言う通りだったわけだ。というより、ねずみ以外は皆相談者と同じ『読み』で、ねずみだけが『僅かな希望を持った読み』だったのだけど…。

          要は『そうであるはずだ』と信じていた事がそうならなかったのだ。

          皆の読みは『悲しいもの』ねずみの読みは『救いがあるもの』
          結果『悲しいもの』で終わったのだけど、想定していたのでさほどショックはなかった…はずなのだけど、あまりにもねずみが自分の『読み』を主張?したため、本人も多少なりとも期待を持ってしまい、結果的にはちょっとがっくりさせてしまって…悪かったなぁ…と。

          この一件は、一応本人の目的は果たしたため落着したのだけど、ある意味本人よりもねずみのダメージは大きい(笑)失望したというか、裏切られたというか…。

          甘いのかなぁ。
          やっぱいい歳して子供なのかなぁ。

          色々?辛い思いもし?人生経験積んで?随分前に自覚はしたのだけど(^_^;)
          友人らに言われた事柄をあらためて思い出してしまった。

          『疑う事を知らない』
          『人の言動を気にし過ぎる』
          『スキがある』

          全部、=『子供』だ(笑)
          しかし、これでもう何十年も生きて来たから、これから成長するとも思えない。
          『子供』だと自覚していたはずなのに、やっぱり大人の『読み』が出来なかったんだもの。

          あぁ、でも信じていたのに…信じたかったのに…。
          でもでも、世の中そんな悲しい現実しか無いわけない。絶対救いはあるはずだよ。って信じてる。
          あ、この希望的信じる姿勢がすでに『子供』なの?

          信じて良かったと言える時が、いつかきっと来ますように…。
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            早かった!

            あっというまに一年が終わった。
            昨年は一度目の抗癌剤が年内に終わり、来年からは放射線だーなんて思いながら年越ししたんだな。

            4月までは治療があり、直後の猫展では副作用に苦しめられ気合で乗り切り、夏が終わるまではなんだかんだ不具合があったように思う。
            秋になり、ようやく副作用も落ち着き猫展も元気に出展出来て本当に嬉しかった。

            治療が終わったことの喜びと同じくらい、これからずっと続けていくであろう検査への不安が募った。治療中は戦ってる感があって、ある意味前向きになれてた気がする。けれど、終わったら『もう何もする事がない』のだ。シコリも取り除き、再発防止の叩き込みもやれるだけやってあるのだ。あとは『再び芽を出さないでくれ!』とただひたすらに祈って、信じて生きていくしかない。そう思うと、なんだか治療終わったあとの方が辛いのかも…なんて思った。
            ネガティヴだぞ!ねずみ!(笑)

            まぁ、基本小心者だもの、その辺は仕方ない。気持ちに波があって、また検査の前には不安になって…ってしながら生きていくんだろう。心のどこかで『考えても、心配しても始まらないよ』という自分の声を聞きながら、自らに喝を入れつつ生きていこうかね!

            今年もたくさんの方に、色々な言葉を頂き、大丈夫大丈夫と応援して頂き、本当に感謝しています。ありがとうございました。
            まだまだ、泣き言も書くであろうこのブログ、そして相変わらず代わり映えのしないサイトですが、来年もどうぞ宜しくお願い致します!

            みなさんにとって素敵な一年でありますように(*^_^*)
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              ひとりごと

              自分の未来について考えてみる…。

              なんのビジョンも浮かばないんだよなぁ。

              やっぱ、人より早くいくのかな。ははは。

              昔、自分がOLになるビジョンが全く浮かばなかったけど、やっぱりOLになる事はなかった。

              結婚…というか「となりにいてくれる人」は…いつか、いつの間にかでもいたりするのか?
              死ぬ時にはいてほしいなぁって思うけど…。



              「どうせアタシなんて彼氏出来ないしぃ」(セリフが若い!)なんて言ってる人は、本当に出来ないんだと。

              でも「絶対出来る!」って思ってる人が、本当に絶対出来るかっていったら、言えないよねそんな事。

              自分は…どっちでもないかなぁ。

              まぁ現実問題、こんないつカウントダウンのスイッチが入るかわかんない身体で、出来ないだろうねぇ多分…っといったところか(笑)

              あ、でも案外悲観的でもないのよ。

              なんかそれも人生・運命かなぁなんてさ。

              大体今のこの身軽さ、結構気に入ってるし。

              フリーダム!(笑)メールも電話も気にする事無し!

              自由に好きなよーに動ける。



              恋愛のストレスって自分にとっては結構やっかいで…。

              それにこの抱えてる病気もストレスは大敵だしねー。



              一度会った人も、縁があればまた会えるでしょ。

              そんなテンションでもいいんじゃない?ワタシの人生なんだし。



              とりあえず、来年も生きよう。

              先の事は考えないでいっか!ね!

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                ポストカードが繋ぐ縁

                嬉しいお手紙を頂いた。
                先月出展していた『猫のミニ額展』で絵を買って下さった方からだった。次のお知らせも兼ねてお礼のお手紙を送らせてもらったら、そのお返事を下さったのだ。初めてのお客様だったので、偶然お店を訪れて絵を観て気に入って下さったのだと思っていたのだけど、そうではなかった。

                そのお手紙によると、私の作品との出会いは湯布院を訪れた時に"猫屋敷"にあった私のポストカードを見たのが始まりだと言う。気に入って頂き、ありがたい事にそこにあった全種類をご購入下さったと…(;_;)

                それからネットで検索して当サイトを見て頂くようになり、そして『ミニ額展』に足を運んで下さったという訳なのだ。
                読んでて涙が出る程嬉しかった。遠く離れた自分でさえも行った事のない土地で、自分の作品を見て…サイトを見つけてくれ…展示に足を運んでもらい…そして原画を買って頂く…。以前にも、大阪を訪れた方がたまたまその時出展していた企画展でその方のお姉様が好きそうな絵だなとポストカードを買って帰り、それを本当にお姉様が気に入ってくださり、そしてプランタンの『猫展』で偶然作者(私)を発見!という事もあったり…。『縁』というものを感じずにはいられない。

                自分にとって、ポストカードはいわゆる原画のレプリカ。『ポストカードとして販売するための絵』を描いているわけではないので(中にはポストカード用にトリミングしたり編集したものもあるけど)単に原画の印刷物でしかない。だけど、私にとってポストカードは作家の『顔』なのだ。名刺代わりと言ったら堅苦しいけど、自分を知ってもらう大事な媒体なんだよね。

                最近『縁』というものを意識する事が多い。以前にお世話になっていた方からひょんな事からメールを頂き、ご無沙汰だったので病気の事も含め近況をお返ししたら、数日後『応援の気持ち』が届いた…。びっくり!そして暖かい気持ちに感謝…(;_;)

                実はこの方の縁である方と知り合い、そしてその方とのお仕事で『猫屋敷』への作品納品も決まったのだ。
                『縁』とは巡り巡るものなのだなぁ。何より生きているからこその事なんだ。大袈裟かもしれないけど、生きていないと何も始まらない。そして、外へ外へと発信しなければ、動かなければいけない。じゃないと『縁』は生まれない。

                実は最近ちょっと気持ちがブルー…いやグレーだった。なんのきっかけもないのだけど、再発や転移の不安にかられ余計な想像や心配ばかりで毎日を過ごしていた。なんでそんなに気になるのかわからないけど、そんな時期なのかな(笑)そんな事考えてるとほんとに再発しちゃうぞ!実際「自分は再発する」と思い続けた患者が本当に再発したという記事を読んだ。だから余計怖いし、考えるな!って思うのだけど、思考はすぐには切り替わらなくて…。

                でも、考えても心配しても仕方ない。こんな時にそのようなお手紙を頂いたのも『縁』?
                買い物帰り、歩きながらそんなこんなを思いながら『縁』のありがたさ、大切さ、不思議さを感じた一日だった。
                そしてこれからもポストカードはがんばり続けるのであった(笑)

                『縁』で繋がったみなさん、ありがとう!
                0

                  自分のままに

                  人にはそれぞれ信じているものがある。
                  もしくは、何も信じる物など無い人もいる。
                  言い換えれば自分だけを信じているとも言うか。

                  それは神様だったり、仏様だったり、はたまた自分が作り上げた偶像だったり、色々なのだろう。

                  そしてそれ、信じる・信仰する・崇拝する…等々は全くの個人の自由である。
                  そういう人たちに対して、何か言うつもりは無い。

                  だから、私にも何も言わないでほしいのだ。
                  いや、そういうものがあるんだけど、と教えてくれるのは結構。
                  しかし、その気のない相手にしつこく食い下がるのはやめてほしい。

                  そういう人たちを全否定しているわけではない。
                  事実、自分の回りにも何人かいるし、実際仲良くおつきあいしている。
                  その人たちは、私を強引に勧誘しようとはしないからだ。
                  信じる物をそれぞれもっているという事以外は、別段付き合いには影響はないし、自分も『そういう人だから排除』するつもりもない。

                  人間色々、信じる物も色々、それでいいじゃないか。
                  自分の信じてるものを信じて生きて行けばいいじゃないか。
                  どうして、みな同じにしようとするのかな。

                  信じているものがある→誘ってみた→反応悪い→関心なさそう→諦める。
                  この図式で行こうよ。

                  今日、家に来た方々は…自主的に退散してほしかったけど、何を言っても動こうとせず、仕方なく私が一方的に背を向けて玄関に戻るまで帰ってはくれなかった。
                  そういうのって、こっちだっていい気分じゃないんだよ。

                  しつこいのは嫌いだ。
                  ねずみは自分の生きゆくままに生きてゆく。
                  0

                    ひとりごと

                    仕事上の受信メールを探していた。

                    その過程で、記憶の彼方にあったメールを目にする。

                    髪の長い自分の画像があった。

                    なんだか変な気分だった。
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                      S M T W T F S
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                      最後に更新した日:2017/07/11

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